散歩道の石仏に込められた思いとは。

Writen by 杉原 功修さん

今年は本当に暑い日々が続いてました、山奥の平瀬でもお昼は勿論ですが朝、夕でも高温が続いて楽しみの散歩も一休み。
9月の声を聞いて段々散歩に適した気温になってきましたので再開しました、歩くと道に石仏が有ることに気づきます。


古老に聞いてみると「それは道祖神(どうそじん、どうそしん)やで、外から悪いものが入って来るのを防ぐ神さんや!大事にせなあかん」との事で確かに平瀬集落の境や旧道の辻、三叉路にありました。大昔は平瀬集落に入るには2本の道(今は廃道となり通行不可)があり、そこにもあるそうです。

 
「道祖神」はもともと古代中国の道教で信仰されていた神様と日本で古くから信仰のあった「みちの神様」が合わさった神様で、別名「岐神(ふなとのかみ)」「道陸神(どうろくじん)」「塞の神(さいのかみ)」とも呼ばているそうです。
「塞」とは「ものをさえぎって止める」という意味を持った言葉で、土地の人たちを見守り、病気や災害といった悪いものが侵入してくるのを防ぐ存在でした。また道路を行き交う旅人の安全も守ってくれる存在だとされてきたそうです。

山奥で陸の孤島と言われたこの地は、人の往来が今ほど活発でなく集落で生涯を終える人が多かった昔それらを防ぐため塞ノ神と言われたのでしょうか?
また、平瀬は熊野古道中辺路ルートの裏ルートと言われる「小栗街道」が有りました「オグリ」と言われた実際に難病を患った人々や社会的に弱い立場の人々が、小栗のように蘇りを願い熊野を目指し通った道です。
多くのオグリ達が道中の安全を祈る姿を見守ったと思うと感慨深いものありますね。

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この記事を書いた人

杉原 功修さん

大阪八尾市から移住して3年になるUターン組です。畑仕事を中心に趣味の帆船模型作り、アマチュア無線、真空管ラジオ・アンプ作りと田舎生活を満喫しています。暮らしを中心に田舎の良さをお伝え出来ればと思います。