バケットトラック

Writen by とうさん

バケットトラックは、トラックの荷台についたクレーンの先に開閉式のバケツがついた乗り物。多くの土砂をつかみ取り、ダンプカーやベルトコンベアーに乗せる。

海外番組で観た砂金を掘る人たちもこのような重機を使いこなしていた。砂金堀りに使うということはその番組を通して知った。

ガタイの良い男たちが巨大な重機を操縦する姿は、どこを比べても自分にはない姿で興味深くその様子を見ていた。

山の中では、重機が故障したり、到着するはずだった機器が到着しなかったりと、予定通りには進んでいかない。そんな事態を誰かのせいだと責任を問い合うシーンも多かったように思う。ガタイの良い男たちがぶつかり合うのだ。

山はそれでもみるみる削り取られ、地形が変わって見えるほどだった。

バケットトラックが掴み取れる土の中にはどれほどの砂金が入っているのだろうと思うと同時に、「少ないからこそ価値がある」ものを見つけようとそこに向かわせるのは、情熱を傾けたくなる要素があるからなのだろうと思った。




人はそれぞれ違っていて、それを認めようという世界的な動きがあるようにもみえる。

ある広告制作会社の代表者が「皆違うのが当たり前なんだから、同じものをみつけることが大切」と言っていた。正確ではないが確かそんな内容だった。

違うことを認めた先には、同じものが見えてくる。並べて考えるとそう解釈もできる。

人の違い、文化の違い、気候の違い、場所の違い。

誰かのした何かと他の誰かのした何か、少ないものと多いもの。。


目の前では、熱心に子供が遊んでいる。その子の手元にある玩具のバケットトラックは祖父がプレゼントしてくれたものだ。ドドドーッ、ザザザーッと言いながら遊ぶその姿を見ながらそんなことが浮かんでは消えていた。

僕が田辺にいるのは、その時々の興味や関心に熱意が向かった結果だ。

5年前に自分に従い向かってきた先の一つである紀南に初めて訪ねたときに出会ったその人の、自らの動き、応える力、進む姿、生み出す姿に感銘を受けたことが大きなきっかけになっていると思う。そして、その人と伴に楽しそうに活動している人達の心粋をみたときにも心動かされるものがあった。

それにしても砂金掘りの海外番組に目を見張った5年前には、地図でしか見たことがなかったこの場所で自分の子供の玩具としてバケットトラックが登場するとは思っていなかったな。

この記事を書いた人

とうさん

埼玉県生まれ。和歌山県田辺市街地在住。 生まれて以降、東京に住み、遊び、働いていた。その中から「住む」のパートが変わった。いや、遊びも働きも変わってきているが、よく取り上げられるのが「住む」なのだ。 田辺在住歴3年程度の、実際は多用の隙間だけれど、それを徒然として「ある視点」を書き届けられるかな。