弱気になる時もある 〜病気とコロナ禍と私~

Writen by さとこさん

12/16現在、龍神の平地にも雪が降りました。

12/17の虎が峰(虎が峰ー龍神村民が田辺市街に行くための最短の生活道路)

さて、『部屋とワイシャツと私』みたいなタイトルですが、今回はちょっと元気のないコラムです。でも、人間だもの、こんな時もあります。

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うちは小1の娘と小5の息子がいます。

二人とも持病があり、ひどくなると入院をしなくてはなりません。

移住前、小5の息子が0歳の頃、ロタウイルスで脱水症状があったために東京で入院をしたことがありました。その時は、マンションから近くの大通りで右手をあげればタクシーが止まってくれるという環境でした。

しかし今は、苦しむ子供を自家用車に乗せてグネグネの山道を救急病院まで1時間半運転しなくてはなりません。

運転する私は不安と恐怖で胸が潰されそうになりながら山道を運転します。その間に具合が悪化して途中で救急車を呼んだこともありました。

山奥暮らしでは「平和な日常」=「子供たちも私たちも元気に暮らしていけること」が大前提。誰かが体調を崩したら山奥暮らしは不便と言っても過言ではないでしょう。

先日、息子が1週間入院をしていました。

前半は私が、後半は夫が付き添いとして病院に寝泊りしました。

下の娘は学校を休んで夫の仕事(しかもキャンプのロケ)について行かなくてはならない日もありました。

髪の毛も上手く結うことができなかったのでしょう、学校で先生に結ってもらったと聞きました。

毎日、「うるさいよー」と言っていた夕方は娘の小さな声しか聞こえず、その静寂が私の心を痛めました。

移住家族の私達には親族が近くにおりません。
家のことを頼める人がいないのです。

ましてや、今はコロナ禍。
簡単にお友達や近所の方にSOSも出せない状況です。

コロナ禍でなければ、絶対に埼玉の実家に助けを求めていたはずです。

娘が去年の今頃入院した時は、どうしても夫の東京出張と重なったので、夫が息子を連れて冬休みに入るよりも早く埼玉に連れて帰ったというエピソードもあります。

こういう時は「ああ、頼れる親族がそばにいてくれたら・・」と、弱気になってしまいます。

でも、お友達が「○○ちゃん(娘)を預かろうか?」とか「なんでも言ってよ!」とか言ってくれたり、差し入れをたくさん持ってお見舞いに来てくれたり、いっぱい支えられ、心がずいぶん助かりました。

「持病があるなら山奥に移住なんてしなければよかったのに・・」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。実は、息子は移住後に発症し、娘は移住後に産まれた子です。

もしこれからもWithコロナが続き、私たち家族がこれから先を考えることがあるなら「持病がある」ということを踏まえて物事を進めていかなくてはならないかもしれません。


息子も無事に退院して、先日は元気な姿で学校の発表会に出ていました。
そんな当たり前の姿が当たり前ではなく、「ありがたい」と思うと涙が出てきます。

夕方、二人の声がうるさいと思うのではなく、これは「幸せな音」なのだなと思ったりもします。

お友達に支えられながら家族4人で乗り切ったこの危機は間違いなくかけがえのない思い出になるはずです。

おおきに

去年娘が入院したときにお見舞いでいただいた心温まる差し入れ
この記事を書いた人

さとこさん

埼玉県出身。3年間の海外生活以外は実家を出たことがない。 子供英会話講師など英語に関わる仕事を続けて、友人の紹介でテレビ番組の翻訳業務に就き、テレビディレクターである今の夫と結婚。東京でのママ生活を満喫していた。ところが、2012年夏、夫の「龍神村へ移住したい」の一声で当時2歳の息子と3人の移住決定。今は長女にも恵まれ、親族も友達もいなかった関西の、しかも山奥での私の暮らしが続いている。